酒蔵 / 福生市 「石川酒造」
文久3年(1863年)創業の「石川酒造」で、 地酒・歴史・食を愉しむ
美味しい料理にはおいしいお酒が欠かせない。美味しいお酒があれば料理もより美味しく楽しめる。美食家にとって「お酒」は「食」を愉しむうえで欠かせないパートナーだ。「お酒」づくりに多摩エリアで情熱を燃やすメーカーや人々を紹介するシリーズ、今回は福生市で文久3年(1863年)に創業された「多満自慢」の銘柄で知られる老舗酒蔵「石川酒造」を紹介する。
「石川酒造」が創業したのは、江戸の町で京都や兵庫で造られる上方の「下り酒」が「粋な酒」としてもてはやされ、酒文化が庶民にも広まり始めた時代だった。当時、福生のあたりは、多摩川沿いに田園地帯が広がり米づくりが盛んで、その余剰米を使った酒造りも行われていた。代々熊川村の名主を務めていた石川家も、近くの酒造会社の酒蔵を借りて試験的に醸造を行い、販売を始めた。その後、明治時代に入り、十三代目当主の代でこの福生市熊川に蔵を構え、本格的に酒造りを開始。以来、160年に渡り酒造りを続けている。
石川酒造の理念は、「地域のための酒造り」。同酒造を代表する銘柄「多満自慢(たまじまん)」には、この「地域のための酒造り」という理念「多摩の心をうたい、多摩の誇りとなるように。そして多くの人々の心を満たすことができたら」という願いが込められている。
石川酒造の日本酒は創業以来「飯米」を使用しているのも特長だ。一般的にお酒造りには粒の大きい「山田錦」などの「酒米」を使う。精米するときにどれだけ削るか、いわゆる「精米歩合」で日本酒の味わいは大きくが変わる。外側を多く削るほど雑味のもととなるタンパク質や脂質が取り除かれ、すっきりとした上品な味わいになる。
2024年に日本酒を含む「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録され日本酒が注目され、「香りがよくスッキリした飲み口」のタイプが人気だが、石川酒造の日本酒はその真逆だ。石川酒造で当初より粒が小さいために削れる範囲が狭く、雑味もお酒の味に反映される。米ならではのしっかりした甘みと旨味が楽しめるタイプの日本酒だ。実際、このタイプの日本酒を好む人もかなり多い。
「食事に合わせるのではなく、食事に寄り添うお酒」だ。「特別な日に飲むだけではなく、「日々の食卓」にそっと寄り添う日本酒、いつもの料理を豊かに彩ってくれる日本酒」を造ることこそが、この蔵の味を守る「杜氏」の酒造りの矜持であり、「多満自慢」を選ぶ人が多い理由だ。
石川酒造の日本酒は、カレーライスやハンバーグ、ナポリタン、唐揚げといった家庭で食べるような料理にもよく合う。意外と知られていないが、海外でも米を主食とする国々の人々に「親しみのある味」として受け入れられている。
米食文化の「アジア地域」やパエリアやリゾットなど米料理が根付く「スペイン」、「イタリア」などでも高く評価をされ、それぞれの風土に合うお酒として選ばれ、石川酒造の日本酒が売れている。こうした造り方や考え方の違いを理解して飲むと、日本酒ライフもより愉しくなる。
もう一つの特長は、創業以来、先駆的なことに挑戦する気風があることだ。明治20年代(1887年)にビール造りにも挑戦し、高い評価を得ていている。ちなみにキリンビールの前身、「ジャパン・ブルワリー」が設立されたのは1885年7月、アサヒビールの前身、「大阪麦酒」が設立されたのは1889年11月。その様子は敷地内の「石川酒造史料館」でも見て学ぶことができる。
残念ながら、当時はまだ冷蔵設備が整っておらず、安定して提供できる環境がなかったため撤退したが、100年後再びビール造りに挑む。「地ビール」の時代の1998年に地ビール「多摩の恵み」を売り出す。また2015年から「TOKYO BLUES」という名のクラフトビールも展開し、東京のクラフトビール文化を牽引する存在になっている。
広い敷地は、酒蔵(本蔵)や長屋門を含む江戸〜明治時代の6棟の建物があり、国の登録有形文化財に指定されている。そのほか、夫婦欅、麦酒釜の館、御神酒・井戸、内蔵ビール工房などがある。イタリア料理でできたてのクラフトビールを楽しめる「福生のビール小屋」や天ぷら、刺身、うなぎなど味わえる「食道いし川」という飲食店があり、一日中いても飽きない。外国人旅行者も多く訪れる人気スポットになっていてる。ぜひ次の「旅」は石川酒造にでかけてみたい。
| 施設名 | 石川酒造株式会社 |
|---|---|
| 住所 | 東京都福生市熊川1番地 042-553-0100 |
| 営業時間 | 8:30~17:30 |
| 定休日 | 土・日曜、祝日 |
| 公式サイト |
